中山 杜人

「良性発作性頭位めまい」の病名には要注意!
ー耳石説はまだ仮説の域を脱していないー

 

「異論のない学問は発達しない」
これは江戸時代の有名な国学者本居宣長の言葉です。
慶應義塾大学の創始者である福沢諭吉も同じような意味のことを「学問のすすめ」の中で書いています。

 良性発作性頭位めまいの原因といわれている耳石説にも、異論があります。
良性発作性頭位めまいの原因として、内耳三半規管において耳石が移動したり、半規管内にある感覚器官への付着が有力視されていますが、私は昭和63年からすでに頭部MRI、MRAをめまいのほぼ全症例(金属が入っているかあるいは本人が拒否した以外)に施行し、平成8年からはこれに頸部MRAも加えて、診断名の如何にかかわらず調べてきました。
特に頸部MRAについては、下は頸部の下方にある椎骨動脈起始部から上は頭蓋内の脳底動脈まで一挙に描出する方法を採用しています。
MRについては、他院に依頼していますが、3年前からはMR装置も1,5テスラーから3テスラーへと変更され、2~3mm大の脳動脈瘤も発見可能となりました。
私自身かつて約10年にわたって耳鼻科医としてめまいを診て来ました。良性発作性頭位めまいは内耳に起因する場合ももちろんあります。しかし、内科に移ってから30年以上になりますが、むしろ一時的な脳血流障害の方が重要ではないかと考えるようになりました。
かつて聞いた話ですが、ある耳鼻咽喉科の重鎮の先生が、
「自分が若い時は、良性発作性頭位めまいの原因は、内耳の耳石ではないかと考えていましたが、自分自身が歳を取ってみると脳の血流障害(中枢性発作性頭位めまい)ではと考えるようになりました」と語っていたとのことです。

 私も、「良性発作性頭位めまい」よりむしろ「中枢性発作性頭位めまい」の方がかなり多いのではないかと考えています。理由は以下の通りです。

  1. 典型的な「良性発作性頭位めまい」と診断されることが予測されるケースで、抗めまい薬ではまったく効果なく、抗ウイルス剤(帯状疱疹の薬)が劇的に効いたケースがあります。 この人は中年の人で、首と肩が板のように凝っていました。また、米国の某有名大学病院で良性発作性頭位めまいと診断された人が、良く使用されるめまいの薬ではほとんど反応がなく、抗ウイルス剤でめまいが改善したこともあります。この方は、むち打ち症の既往があり、首と肩の凝りが慢性的に強いとのことでした。これらの人たちは、首と肩の凝り→脳血流障害に帯状疱疹ウイルスの再活性化が上乗せされていた可能性があります。脳(特に脳幹、前庭小脳)の血流に影響を与えるこうした首と肩の凝りとめまいの関連性については余り重要視されていないことがあります。
  2. 内科で最前線の医療に携わっていますと、めまい発作後早くて1カ月、あるいは1年以内に、脳梗塞や、心筋梗塞を起こして救急車で搬送されるようなケースに遭遇します。
    私が耳鼻科でめまいを診ていた頃は、めまいがよくなればその患者さんは来院しません。それ故、その人がめまい後どうなったかを知ることはできませんでした。内科で診療するようになってからは、めまいが改善しても、高血圧、糖尿病、高脂血症等の他の慢性病で経過を診ていきますので、めまい後その人がどうなったかをつぶさに見ることができました。
    ヒトの体は神経や血管でつながっていますので、若い方々は別として、中高年の人に多い動脈硬化による脳の循環障害に起因するとする「森を見て木をみる」という方が自然の理にかなっていると考えています
  3. 実地臨床では前縦靭帯骨化症(図1)、後縦靭帯骨化症(図2)、ストレートネックや頸椎後彎、変形性頸椎症などの頸椎の異常を背景とする肩凝り、首すじの凝りによるめまい症例をよくみかけます。こうした人たちの中にも、「良性発作性頭位めまい」と区別がつかない特有な「眼振」(異常な眼の動き)が出現する場合がよくあります。
    こうした症例が、「良性発作性頭位めまい」あるいはその疑い例として診断、治療されているのが現状です。
    最近は、スマートホン、携帯、ノート型パソコン、読書、スーパーのレジ係などでうつむき姿勢を長い時間とる人が多いので、特にストレートネック、後彎の人たちが増えて来ています。
  4. 「首の付け根を押えるとめまいがする」という、一見「良性発作性頭位めまい」と同じ眼の動きをする症例を複数経験しています。こうした人たちは 、やはり、原因は内耳でなく首にあります。
  5. 胸鎖乳突筋後縁を指圧すると、このめまいがよくなることがあります。 自分自身の頭位変換時のめまいが消失した経験があります。このことも同様に、首に原因があることを裏付けています。
  6. この疾患は、内耳が原因と広く信じられていますので、頭部MRI,MRA、特に頸部MRAで、椎骨動脈を鎖骨下動脈から枝分かれする起始部から、頭蓋内で左右の椎骨動脈が合流するところまで描出していないことが多いのです 。
  7. MR装置の普及率は日本が世界で断然トップです。
     MRIの各国普及率/人口100万人当たりの台数
    (2005年OECD調査(数字はインターネットから引用)
    頭部MRI、MRAが撮られたとしても、おそらく頸部MRAまでは調べられていないと思います。
  8. 今や日本は世界でもトップレベルの高齢化が進行しつつあります。
    団塊の世代の最初の年代である、昭和22年生まれの人は、すでに65歳に到達し、これからますます高齢者が増えて行くと予想されます。
    今や高齢の方の3人に1人が糖尿病とその予備軍といわれています。 高齢の方は高血圧、糖尿病などからくる血管病変を持っていることが多いです。 こうした医療環境の中で、これらの血管病変を抱えた高齢の人たちが、良性発作性頭位めまいと診断されて、しかも内耳の耳石が原因ということで説明できるのかどうか疑問です。 「良性発作性頭位めまいに対し、現状では頭部CTが50%近く施行されているが、CTまで必要なし」という報告が最近出ていますが、頭部MRI、MRAでないと,頭部CTのみでは、ラクナ梗塞や微妙な脳の病変、重要な血管病変はわかりません。

私と意見を同じくする耳鼻咽喉科医、身近な脳神経外科医、神経内科医は、良性発作性頭位めまいの内耳耳石説に違和感を抱いています。


額田記念病院  
内科  中山杜人