中山 杜人
軽いめまい、危険なめまいから治療の別な選択肢まで
ー耳鼻科と内科両方の狭間になる方たちを経験してー
でよいのでしょうか?
--危険なめまい、脳や首からのめまいを考えたことはありませんか?--
- めまいは内耳に起因するとは限りません!
中高年の人のめまいを簡単に「内耳性」と思い込まないこと。脳幹の前庭神経核、小脳からの「脳が原因のめまい」でも同じような回転性めまいが生じます。 - 一見大したことのないようなめまいの中に危ないめまい、脳からのめまい(中枢性めまい)が潜んでいることがあります 内科では高齢の方のめまいが多く、東邦大耳鼻科の故小田恂教授は高齢者のめまいは中枢性が多く、脳梗塞と椎骨脳底動脈循環不全が多いと報告しています。
- 危ないめまいは頭蓋内だけとは限りません。心臓病、消化器疾患、血液疾患、膠原病が基盤になっていることもあるのです
はじめに
総務省によると、我が国では世界で類を見ないほどの高齢化社会が進行しつつあり、我が国では2015年には65歳以上の高齢者が3000万人を超えるとみられています。つまり他の主要国に比べ最も「危ないめまい」、「中枢性めまい」を起こしやすい医療環境にあるということを意味します。1.内科めまい外来について
筆者は約10年間の耳鼻咽喉科医を経験後、一般内科を経て横須賀共済病院(呼吸器)内科へと転勤しましたが、昭和62年に同院一般内科にめまい外来を開設し、呼吸器内科だけでなく、平成17年まで著者単独でめまい診療も担当。その後は額田記念病院、衣笠病院(月3回)の内科外来にて診療中。2.一般内科を受診するめまい
次のグラフに、2007年1月~2008年12月の2年間において、筆者が診療した一般内科外来におけるめまい患者の年齢別頻度を示します。このデータから分かるように、60歳以上の人が62%を占めています。さらに、中高年の方が86%と圧倒的に多いのです。(2005年の故小田教授の報告では耳鼻咽喉科における高齢者の比率は20%と報告されています)一般内科を受診する人は高齢の人が多く、耳鼻咽喉科のデータをそのまま内科に持ち込むと、内耳性めまい(耳鼻科的めまい)が多いということになってしまいます |
3.めまいを起こす原因は内耳だけでなく、脳幹、小脳も重要です
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脳幹の前庭神経核 | 前庭小脳 |
内耳 |
3兄弟の関係 |
脳幹にある前庭神経核、小脳のまん中に位置する小脳虫部の一部とその下に存在する小脳下虫は、前庭小脳とも称され、内耳と共に発生学的に同じなので、いわば3兄弟のような密接な関係にあります。それゆえ、どの場所が障害されても眼振(異常な眼の動き)が出現し、同じようなぐるぐる回る回転性めまいや「ふわっとする」、「ぐらっとする」というような非回転性めまいが起こるのです。
4.内耳性めまい(耳鼻科的めまい)
よく知られているメニエール病は、内耳におけるいわゆる水ぶくれ(内耳水腫)の病態です。しかし一般内科ではわずか0.6%程度に過ぎませんし、耳鼻咽喉科のめまい外来でも5〜10%と決して多くはありません。 女子サッカーの澤選手で有名になった、良性発作性頭位めまいについては、ほとんどが内耳に起因するといわれています。しかし、第一線の臨床現場では、良性発作性頭位めまいの中に脳が原因の「中枢性発作性頭位めまい」がかなりの割合(70〜80%)混在していると考えられます。この疾患は従来からいわれている「悪性発作性頭位めまい」とは違い、「良性」と「悪性」の中間に位置します。5.「中枢性発作性頭位めまい」(中枢性とは頭蓋内、つまり脳に起因するという意味です)
この疾患は従来からいわれている「悪性発作性頭位めまい」とは違い、「良性」と「悪性」の中間に位置します。「悪性」といっても「良性」と対比する意味であって、すなわち悪性腫瘍いうことではありません。椎骨脳底動脈循環不全を背景とした「中枢性の発作性頭位めまい」の存在については、筆者だけでなくドイツ、ウルム大学の故コルンフーバー神経内科教授、埼玉医科大学平衡神経科坂田英治名誉教授4)、田淵クリニックの田淵 哲院長5)、いとう耳鼻咽喉科の伊藤文英院長も、文献、書籍を通しすでに言及しています。中枢性の発作性頭位めまいについては、まだ学会でも正式に定義付けられてはいません。最近筆者は、現在臨床に用いられている中で、最新の3テスラーのMR装置を備えている、同じ鎌倉市内の湘南鎌倉病院の放射線科に依頼して、頭部MRI・MRAだけでなく、頸部MRAでめまいに関係する椎骨動脈?脳底動脈を、首の付け根にある椎骨動脈の起始部から頭蓋内の脳底動脈が大脳動脈と合流する所まで一挙に描出することにしています。これにより頸動脈だけでなく、椎骨動脈?脳底動脈、いうなれば首の動脈の全体像を一目瞭然に把握することができます。
この方法を用いたことで、筆者は、「中枢性発作性頭位めまい」を1疾患単位として分けて考えた方がよいと考え、発作性頭位めまい(広義)を次のように暫定的に1〜3に分類しています。
- 良性発作性頭位めまい---主に内耳にある卵形嚢から三半規管の一部への耳石の移動や浮遊に起因し、一定の頭位(めまい頭位)で回転性めまい、またはめまい感が起こります。
- 悪性発作性頭位めまい---1と同様、ある一定頭位をとるとめまいが誘発されますが、ふだんは目立つ症状はありません。原因となる病巣は小脳のまん中にある小脳虫部、その近くに存在する第4脳室周辺の腫瘍、出血、梗塞で起こります。
- 中枢性発作性頭位めまい---埼玉医科大学平衡神経科坂田英治名誉教授のいう「仮性良性発作性頭位めまい」と同じ意味で、悪性発作性頭位めまいに比べ重症感が少ないです。
良性発作性頭位めまいと区別が出来ない眼振がみられます。生命に影響を及ぼす危険のある
「悪性発作性頭位めまい」とまではいえませんが、1と3の中間に位置します。椎骨脳底動脈の循環障害を基盤に、原因となる病巣は前庭神経核あるいは小脳虫部の一部と小脳下虫(結節、片葉ともいいます)なので「中枢性」の範疇に入ります。
動脈硬化による血管の因子としては、頸部MRAで椎骨動脈の屈曲、蛇行、特に椎骨動脈起始部(椎骨動脈が他の血管から枝分かれしていくところ)における屈曲や蛇行、ループ形成(輪の形を形成)などがベースに認められるケース、さらに、頭部MRIですでに小脳、脳幹に古い小梗塞が認められるケースなどがあります。
頸椎に問題がある場合でも、椎骨動脈の血流を悪くするのを助長します。 変形性頸椎症(軽度も含む)、ストレートネック、後彎、前縦靭帯骨化症、後縦靭帯骨化症などの頸椎に異常所見のある方は首や肩に凝りを生じやすいです。あるいは猫背のような姿勢の悪い人でも首、肩の凝りが血流障害の一因となりえます。
頸椎に大した所見のない場合であっても、最近では仕事でパソコン(特にノート型)を1日中操作したり、編み物や裁縫などに休みなく没頭する人などは、長時間のうつむき姿勢により首や肩の筋肉群の緊張を招き、やはり血流障害の要因の一つとなりやすいです。
頸部筋群の緊張(首すじ、肩の凝り)があれば、椎骨動脈起始部の交感神経叢あるいは椎骨動脈周囲の交感神経が刺激され、頸部の過進展、過屈曲、頭位変換などの際、椎骨脳底動脈領域の血行不全を起こし、この種のめまいを生じやすいです。一般内科では3のタイプが最も多いと筆者は考えています。田淵クリニック院長も耳鼻咽喉科の第一線においてこの種のめまいが最多であるとしています。
6.危ないめまい、中枢性めまい
現代の中高年の方たちは、糖尿病、高血圧、高脂血症、内蔵肥満等を抱えていることが多く、動脈硬化を基盤に危ないめまいや中枢性めまいを起こす確率が高くなって来ています。特に糖尿病と高血圧を同時に抱えている人は脳血管障害予備軍ともいわれており注意が必要です。良性発作性頭位めまいなら、メディアでよく取り上げられているし、内耳が原因なのだから、心配ないだろうという考えは短絡的です |
また、5本のステントが冠動脈に入っている59歳男性で、「良性発作性頭位めまい」と鑑別できない眼振所見でしたが、頸部MRAにて両側内頸動脈狭窄(50%)、頭部MRAで片側の椎骨動脈完全閉塞が認められました。この方は初診後11カ月後に脳梗塞を起こしました。
最近は梗塞を起こして30分後でも、MRIの拡散強調画像を使えば診断可能となって来ています。眼振からは一見内耳が原因の「良性発作性頭位めまい」のようにみえても、心疾患がベースにあり、めまいと狭心症の発作が同時に生じたケースも、筆者は以前経験したことがあります。この場合は、上記の椎骨脳底動脈循環不全を背景とした「中枢性発作性頭位めまい」の診断となります。
7.めまい、突発性難聴治療の別な選択肢
メニエール病に対する治療は薬物治療以外にも、水負荷療法、運動療法と種々あります。しかしながら、これらの治療に抵抗する方たちがいます。こうしたケースにファムビルやバルトレックスのような抗ウイルス薬が劇的に効くことがあります。上述の中枢性発作性頭位めまい、あるいは他院の耳鼻咽喉科で眼振から「良性発作性頭位めまい」と確診されたケース(米国の大学病院も含めて)であっても、抗めまい薬で効果がみられない時に、抗ウイルス剤を使用し、めまいが消失したケースを経験しています。 メニエール病はともかく、良性発作性頭位めまいは内耳の耳石が原因なので、発症機序が違うのだから抗ウイルス薬が効くことはないという意見があるのは確かです。椎骨脳底動脈領域の血行障害があれば、小児期に水疱瘡ウイルスに感染したあと、神経の中にじっと潜んでいた帯状疱疹ウイルス(水疱瘡と同じウイルス)の再活性化がそれに上乗せされることはあり得るので、抗ウイルス薬が効果を示しても不思議はないのではと筆者は考えています。さらに、突発性難聴の一つである急性低音障害型感音難聴になった医師で、抗ウイルス薬のバルトレックスを内服後、速やかに聴力が完全回復したケースも経験しています。この医師は発症直前に水疱瘡ワクチンを打っていたので、帯状疱疹ウイルスが再活性化したことは十分考えられます。
ただ、現時点ではこれらの病名では保険収載になっておりません。抗ウイルス薬を希望する方には自費で行っております。
参考文献
- 中山杜人,亀井民雄:プライマリーケアー医のためのめまい診療の進め方,新興医学出版社,2005.
- 小田 恂:めまい・難聴・耳鳴,日本医事新報社,2005
- 中山杜人:画像と症例でみる内科医のための危ないめまい・中枢性めまいの見分け方、丸善出版、2011.
- 坂田英治:めまいの臨床,P27,新興医学出版社,2003.
- 田渕 哲,寺本和弘:発作性頭位眩暈の臨床,寺本 純偏,めまい診療のすべて, Vol. 95, No. 8, P1205-1212, .診断と治療社, 2007.
- 伊藤文英:新しいめまいの診断と治療、診断と治療社、2011.